ハッピイワークショップ


ハッピイワークショップ 敦煌飛天ぬりえ ブログ 西川幸千代CGアートギャラリー
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 ■2010/3/10 再び冬
・寒気団の襲来で、雪が再び降り積もりました。凍えています~
全国的に寒い日になりました。


3/8に私自身の「臨死体験」について少し書いたのですが、ある人の臨死体験を書いたものを読んでみますと、
死後の世界において、「心の底から満足した感じ」という表現を見つけました。
その表現がぴったりだと思いました。まさしくそのとおりでした。


その時に、観音菩薩が私に語った言葉も忘れられません。
とても美しい響きの声でした。
受精した卵子が、母親の胎内に着床した瞬間から、人はこの世に生を受けているということを、
そのときに学びました。
私が生を受けたときから、観音菩薩にずっと見守られているのだ、という安心感で満たされました。


観音菩薩といえば、私は京都東山にある霊山観音の近くにある産院で生まれています。
私の祖母は、生前私が生まれる前から、霊山観音に熱心に寄進していたそうです。
すぐ近くには、清水寺もあります。そこの御本尊も千手観音菩薩
偶然にも私の誕生日は、観音様の日だそうです。


○写真:京都東山にある霊山観音。高さ24m。2009年撮影。
隣には、豊臣秀吉の正室ねねの高台寺があります。





(ブログ) 2010/03/10 21:14

 ■2010/3/8 冬に逆戻り
・冬の寒さに逆戻りです。天気予報では、今週木曜日には雪が降るらしいです。
車のタイヤはまだまだ交換できません。


最近、自分の幼かったときのことをやたら思い出すのですが、多くの臨死体験者が語っているように、死んだらあの世に行く前に、自分の生きてきた人生を、走馬灯のように振り返る(走馬灯体験)といわれてますが、それは本当のことだと思います。


私も15年ほど前に臨死体験をしたことがあるのですが、そのとき、自分の生まれたときから現在までをセピア色の映画を観るように、早送りで振り返りました。
そこに過去の自分や、親、弟妹、幼稚園、学校などが写し出されました。
そして最後に、家族と過ごしている今が一番幸せなのだと、自分の人生を肯定し、満ち足りた気持ちでいました。


人生をふりかえった後、さまざまな映像を夢の中にいるように見ました。
虹色の天空
観音菩薩の声も聞きました。
結局私はあの世に行かず、還ってきたわけですが、忘れられない不思議な体験でした。


あの世から見れば、人の一生は走馬灯のよう・・。
ほんの短い間なのかもしれません。


○写真はお隣小松市にある、小松天満宮の梅。



(ブログ) 2010/03/08 20:29

 ■2010/3/4 続・懐古
・幼い頃、今は亡き祖母に連れられて、祇園の都をどりをよく観に行きました。
まだ幼稚園にあがる前だったと思います。
今年も4月から始まります。


祖母が48才のときに私が生まれて、亡くなったのが54才でした。
都をどりにいったのは、まだ祖母が50ちょっとすぎだった頃でしょう。


華やかなことが大好きだった祖母は、派手な縦縞の着物を好んで着ていたそうです。
きっと踊りなども好きだったのでしょう。


祇園の芸妓さんや、舞妓さんの華やかな踊りに魅了されてしまったこと、
着物姿がとても色鮮やかだったことなど、今でも鮮明に覚えています。


だらりの帯に、高さが10cm以上もあるようなコッポリ下駄を履いた舞妓さんが、
四条通りを歩いているのを、昔はよく見かけました。
背筋がしゃんとして、若くて可憐で、本当に美しかったです。
今はニセモノが横行していますが・・・。


祖母と一緒に、四条木屋町にある不二家のレストランに、よく行きました。
そこでホットケーキや、プリンがのっかったバナナボートを注文するのです。
不二家は今でも営業していますが、バナナボートはもうメニューにはないようです。


大丸デパートの屋上の遊園地にも、よく連れて行ってもらいました。
まだ歩くこともままならなかった1~2才の頃、迷子になってしまい、
一人で屋上まで階段を這いずり昇って、木馬に乗っていたことを覚えています。


その当時が、明るかったと思えるのは、
雪国の田舎での今の暮らしが、あまりにも暗くて地味すぎるせいかもしれません。
う~ん・・・確かにそれはいえます。

きっと都会で暮らしていると、そうも思わないかもしれないと、ふと思うのであります。


写真:京都四条通りにある、京人形の老舗「田中彌」さんの立ち雛です。



(ブログ) 2010/03/04 20:35

 ■2010/3/3 懐古
・最近、私が幼かった頃をよく思い出します。

昭和30年代後半~40年代初めの、私が幼い頃の京都の町中。
家からすぐが大通りで、市電が走っていました。

幼い頃、ものすごい悪戯っ子だった2才下の弟が、線路上に丸太ん棒か何かを置こうとして、
市電にはねられたことがありました。
幸い車体の前についていたネットにひっかかって、無傷ですみました。


まだその当時の道路はアスファルトではなく、車の数もまばらでした。
牛や豚などの家畜を運ぶホロのかかったトラックや、馬車なども見かけました。
ですから大通りは、糞尿の匂いがしました。


馬車で思い出すのが、ロバのパン屋さん。
京都の人なら、誰もがご存じだと思います。
私が幼稚園の頃、本物のお馬さんが荷台を引いて、
音楽とともに家の前までよく売りにきていました。
その音楽を調べてみると、ネットで聴くことができます。
懐かしくて涙が出てきます・・・。


蒸しパンなどの他に、きな粉がたっぷりかかったみたらし団子が、とても美味しかったです。
今でも京都市内で営業されているそうですので、また食べてみたいものです。


東海道新幹線が開業したのが、昭和39年。京都駅に新幹線ひかり号の姿を見ることに。
京都駅前に京都タワーができたのも、同じ年。
京都の町が、高度経済成長とともに次第に変わっていきました。


日本がまだ貧しかった時代ですが、明るかった。
この先、日本に明るい時代が訪れることはあるのでしょうか。
できることなら、もう一度あの時に帰りたいと願うのは私だけでしょうか・・・。


写真は以前撮影した、京都四条通りにある、京人形の老舗「田中彌」さんのショーウインドウ。
今日3月3日は桃の節句です。






(ブログ) 2010/03/03 09:24

 ■2010/2/26 白山
・随分暖かくなり、雪も溶けてしまいました。
昨日は久しぶりに白山を見ることができました。
霞がかかっていると、なかなか見ることができません。


九州など、冬に雪のない山をネットなどで見ると、
近頃は、とても違和感を感じるようになりました。
とても乾燥した感じがするのです。

標高2700m余り。白山の雪が、伏流水をたっぷりと貯めてくれ、
石川の豊かな水の源になっています。


昨日は写真を撮影できなかったので、3年前の同じ時期に写した白山です。




(ブログ) 2010/02/26 09:39

 ■2010/2/11 お不動さん③
倶利伽羅峠といえば、平家と源氏の古戦場としても有名なところです。
木曽義仲が牛の角に松明をつけた奇襲攻撃(火牛の計)により、平家を打ち負かしたそうだとか。

険しい峠の崖下に、平家の武士たちが、大勢落ちて亡くなってしまったそうです。
今でこそ整地されて車で登ることはできますが、昔はもっと道は狭くて険しかったことでしょう。
それでも険しい山道です。ちょっと油断すると崖下まで落ちてしまいます。
実際、車ごと落ちたという話を聞きますしね。


倶利伽羅の道の駅には、そのときの戦いを描いた古い絵画が展示してあり、
お山には牛の造り物が置いてあります。


峠の頂上は、360度を見渡せる大パノラマです。
北にモーゼの墓があるという宝達山
南は医王山と白山
東に立山連邦
その山々の位置の延長線が交わったところが、倶利伽羅峠にあたり、パワースポットになっているとか。
そのような場所に、お不動さんが現れて、お寺が建てられたというのも不思議なことです。




○お山の山頂にある公園には、このような置物も。


(ブログ) 2010/02/11 15:52

 ■2010/2/8 日本海側の大雪
・今月3日から雪が降り続きました。やっと昨日には雪も止んで、ほっと一息です。
夜になると吹雪いてましたしねえ・・・。
まだ石川・加賀地方は、さほど積雪はなかったのですが、新潟とかはすごかったみたいですねえ。本当に、お気の毒です~
いい加減、もう雪降らないでほしいよ~

昨日は久しぶり!青空で、二階の窓からは遠くの雪山が見えました。


○自宅の二階の窓から撮影。




○レンズを望遠にすると、遠くの雪山も見えます。



○お宮さんの灯篭もこのとおり。

(ブログ) 2010/02/08 13:21
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