2000年5月のギャラリー
画像をクリックすると, もとのページにもどります。

平成12年5月「Maya」、「Lumbini」を制作。
以前からずっと描いてみたかったブッダの生涯を、題材にとりあげた。

「Maya」
釈迦の母「摩耶夫人」の美しさは古くからさまざまな文献に伝えられている。
ネパールのヒマラヤ山脈の麓のサーキャ国のスッドーダナ王の后マーヤ。
美しいだけでなく、たいへん聡明な女性だったそうだ。
美貌と知性を持ち合わせた理想の女性を描くということ、また 2500年も昔の女性の衣装や顔立ちを忠実に描くというのは 大変困難な作業になる。書物をいろいろ調べに調べて、摩耶夫人を描いたもの、 彫像などをさがした。石彫やブロンズ像などに見いだすことができたが、それらは 随分と後世になってから作られたものである。 日本にも法隆寺に摩耶夫人を形どったブロンズ像が残されているが、とても日本的な像である。
そこで過去の作品を参考にしつつ、まったく私のオリジナルの摩耶夫人を描くことに した。
顔立ちは西洋人的で、ドレスも現代的なものだが、インドの女性 が身につけるアクセサリーをあしらった。

釈迦を懐妊した夜、白象が右脇腹から体内に入ってきた夢を見たと伝えられて いる。
幼い頃、京都の東山にある東福寺の幼稚園に通っていた。摩耶夫人の不思議な夢の物語は そのとき教えられたように記憶している。なんとも摩訶不思議な世界だと子供心に 感じていた。
白象が虹にのって体内に入っていくさま、そしてヒマラヤ山脈の背景を配置し、
コラージュ風の画面に仕上げてみた。


「Lumbini」
東福寺の幼稚園時代、毎年4月8日になると甘茶を釈迦像にかけて、釈迦の誕生を 祝った。幼い頃ルンビニー園は花の園で、パラダイスのようなところ と、空想していた。
そこで最初は真昼の花園を描くつもりでいた。しかし、書物をしらべてみると、 釈迦が生まれたのは4月8日の満月の夜だという。
湯浴みをすませたあとの、装身具もなにも身につけていない、ネグリジェ姿の 摩耶を描いてみた。とてもリラックスした雰囲気を出してみたかった。
満月の夜、外に散歩にでかけた臨月の摩耶夫人がアショーカ(無憂華・むゆうげ) の木の赤い花をとろうとして 右手を伸ばしたその時、右脇腹から釈迦が誕生したといわれているが、後世の 人間がいくらか脚色している感がする。

アショーカの赤い花がどのような花なのか、いろいろ調べてみたのだが、見つけることが できなかった。 最初違う花を描いていたのだが、オーストラリアに住んでいる私の妹が調べてくれて、あちらのウエブサイト にアショーカの花の写真をのせているものが あることを、Eメールで教えてくれた。 詳しく解説ものっていてアショーカは4月から5月にかけて花を咲かせるらしい。 写真を参考にして、もう一度アショーカの花の部分だけ描き直した。

生まれたばかりの釈迦はまるまるとして、赤く上気している。 (実際生まれたての赤ん坊は真っ赤である。)
「天上天下唯我独尊・てんじょうてんげゆいがどくそん」という有名な文句は、この時の釈迦の言葉である。
摩耶と釈迦の周りに白いオーラを描いたのだが、これはGIFのフアイルに変換する と、元の画像のイメージとはかなりちがったものになってしまった。


次のCAPTIONへ

ギャラリー一覧
トップページ